ストーリー其の壱〜『月色の絆』


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惑星ハルコタンを発見したオラクルとハルコタンの住人の間で
交流が持たれるようになってしばらくの時が経過しようとしていた頃。
ダークファルス【双子】による脅威も脱し、惑星には一先ずの平穏が訪れていた。


「・・・・・・ということで、任務の説明は以上となります」

「分かりました。私達は北の集落を中心に見て回ることにしますね」

「そうして頂けると助かります。数あるハルコタンの街でも、大きな場所なので」


とあるアークスシップのゲートエリアから会話が聞こえてくる。
話しているうちの一人は、アークス管理官のコフィーだろう。
そしてもう一人は――――――――――――――――――。


「しかし・・・・・・大丈夫なのですか?秋月さん。
この間の戦いのこともありますし、少しは休まれたほうが・・・・・・」

「ちゃんと休める時に休んでいるので、大丈夫ですよ。
・・・・・・マトイには心配をかけてしまうかもしれませんけどね」


アークスシップ第1艦隊群9番艦所属のアークス、秋月であった。
どうやら、ハルコタンの集落を警邏する任務についての話をしていたらしい。
【深遠なる闇】の騒動をようやく食い止めた直後だというのに、熱心なものだ。


「それに今回は、私一人での任務ではありませんしね。
頼れる仲間も付いてきてくれるので、もしもの時は頼りますよ」

「あの方達のこと、ですか・・・・・・。実力は確かなようなので
そこまで心配はしていませんが、なんだか未だに実態が掴めない方達といいますか・・・・・・」

「・・・・・・否定は出来ませんね。ですが、私が信頼を置いている以上は大丈夫ですよ」


彼女は大概いつも単独での任務遂行をしているが、今回は同行者がいるらしい。
その同行者こそ、コフィーの言う"実態が掴めない者達"なのだが・・・・・・


「そういえば、あの方達の姿がまだ見えませんが・・・・・・。
別に遅刻というわけではありませんよね?」

「――――――――――誰が遅刻だよ、誰が」


秋月以外の姿が見えないことを気にしたのか、コフィーが辺りを見回す。
すると、彼女の言葉に被せるように別の誰かが声を発した。
驚いたように改めて周囲を見た彼女の目に、3人の人物が映る。


「集合時間を過ぎたら、理由はどうあれ遅刻ですよ。3人とも」


近くのテレポーターから姿を現した3人の人物―――――――男性に向けて、秋月が言う。
こちらに向かって歩いてくる彼らの風貌は、一言で表すと"独特そのもの"。
声の主であろう人物は、ハルコタンでいう"忍"にも似た服に身を包んでいる長身の男。
もう一人はアークスの標準支給服「シークイェーガー」を纏った若干強面の銀髪男性。
最後の一人は、紫色の甲冑のような服を纏ったかなり細身かつ長身の男性だ。


「相変わらず厳しいのな、お前・・・・・・付いていってやるんだから
もうちょっとぐらい譲歩してくれてもいいんじゃね?」

「また汚い忍者の難癖が始まった感。小さいことを気にしてるとはげるぞ」

「ほっとけ!俺はお前と違って色々と割り切る性格なんだよ」

「二人とも落ち着きたまえ。コフィーさんも困っているじゃないか」


彼らの名前はそれぞれ忍者、ブロント、リューサンという。
異世界から突然オラクルにやってきた冒険者らしいが、危険な人物ではないとの認可を受けて
現在は一応アークスの一員として世話になっている身らしい。
そんな3人のいつも通りともいえるやり取りを見て、女性陣2人は苦笑。


「・・・・・・ともかく、これでメンバーは揃ったようですね。
任務概要は秋月さんに説明しておきましたので、後ほど受け取ってください」

「あいよ。確か、村の警邏任務とかそんなんだったよな?」

「村のディフェンスか。守るのではなく守ってしまうのがナイト」

「あまり目立つ行動は避けてくださいね、ブロントさん」

「なんで俺だけなんですかねぇ・・・・・・?」

「ブロントさんは目立つからなぁ・・・・・・色々な意味で」


こういった冗談めいたことが言えるのも、付き合いが長いからだろう。
コフィーの見送りを受けて、4人はハルコタンへと向かっていった。





*    *    *





惑星ハルコタン。北の集落近辺。



キャンプシップから降りた4人は二手に分かれて警邏任務を行うことになった。
ハルコタン北部の街はいくつもの集落や村があり、範囲もかなり広い。
4人がひとまとめになって任務を行うのは非効率だろうという考えからである。


「貴方は私が見てないと一人でどこかに突っ走りそうですからね」

「おいィ・・・・・・お前の俺に対する信頼度はどうなってるんだよ」

「普通より若干高いぐらいでしょうか?」


忍者とリューサンのチームと、秋月とブロントのチームに分かれることになった。
先ほどの会話からも分かるように、忍者とブロントは犬猿の仲ともいえるので妥当なチーム分けだ。
そして現在、秋月達の方にはもう一人別な人物が付き添っている。


「かかっ、冗談を言い合える仲というのは良いことじゃ。
そなたらはホント、出会った頃から変わっておらんのう」


2人のやり取りを見て笑みを溢したのは、ハルコタンの装束に身を包んだ小柄な女性。
黒と白が混ざった独特な色合いの髪が目立つこの人物こそが。


「私はいつも通りですよ、スクナヒメ。この人はどうかわかりませんが」

「さりげなくナイトをディスろうとする恥知らずなアークスがいた!」


"灰の神子"と呼ばれるハルコタンの神とも呼べる存在、スクナヒメである。
どうやら今日はいつも付き添っている守り人の姿もないようだ。
またあれこれと理由をつけて置いてきてしまったのだろうか。


「しかし、毎度毎度足労してもらって悪いの。本来であれば
ハルコタンの民がするべきことだというのに・・・・・・」

「黒の民がいなくなってしまった以上、仕方の無いことですよ」

「人口が減ると孤独でストレスがマッハになるんだが?
たとえ任務でもこの星に人がくるのは良いことだと思った」


ついこの間起こったダークファルス【双子】による黒の民の抹殺。
それによって文字通り、全ての黒の民はハルコタンから姿を消してしまった。
しかし、長らく争っていた相手がいなくなったことに対する歓喜よりも
白の民らの間で渦巻いた感情は"残された地をどうするのか"ということであった。


「あの日以来、建て直しに尽力こそしてはいるがさすがに追いついておらん。
禍津の残滓もまだ完全に消滅しきっているわけではないからのう・・・・・・」

「スクナヒメはもちろん、白の民の戦士に助けられたアークスは大勢います。
その為の恩返しをするのはアークスとして当然のことですよ」

「んむ。情けは人の為ならずという名セリフを知らないのかよ」


元凶であるダークファルスこそ去ったものの、残滓であるダーカーは未だにいる。
ハルコタンの戦士ではダーカーと戦うのは厳しい為、アークスの力は必ず必要になるだろう。


「頼もしいことじゃ。それでこそ、まさに戦士の鑑といえるの」


色々と話ながらも3人はそのまま、村近辺の警邏を続けていた。





*    *    *





昼も少し過ぎた頃。



"ピピピッ!ピピピッ!"


秋月とブロントが持っている通信機が突然鳴り響いた。
発信者は、別の地区で任務にあたっている忍者とリューサン。


「どうしました?2人とも」

『そっちから空は見えてるよな?なんだか雲行きが怪しくなってきやがった。
こりゃあ一雨か落雷か、どっちかが起こるかもしれねぇぞ』

「・・・・・・確かに、こちらの空も若干暗くなっていますね」

『この周辺の村は山に囲まれているから、大雨が降っても洪水の心配はないだろうが・・・・・・。
落雷による被害などの危険は考えられる。十分注意しておいてほしい』

「了解です。2人にも伝えておきます」


通信を切ると、2人から聞いた内容をブロントとスクナヒメに伝える。
2人も同じように空を見上げると、若干心配そうな表情になっていた。


「この時期のハルコタンは天候が変わりやすい。落雷による山火事もたまに起こるからの。
天気がひどくならないうちに、住人達にも伝えておいたほうがよさそうじゃ」

「激しく同意ですね。後の祭りになってからじゃ時既に時間切れ」

「では、一旦村まで降りましょうか」


周囲が見渡せる小高い丘にいた3人は、村への道を下り始める。
その間にも村の上空にある雲は増え始めており、本格的に天気が悪くなってくるだろう。
が、しかし―――――――――――――――――――――。




天災というものの本当の力に、まだ2人は気付く由もなかった。





*    *    *





ハルコタン北部。山間の村。



雲行きが怪しくなってきたことを村の長に伝えた一行は、再び周辺の警邏に戻っていた。
これならばいつ天気が荒れたとしても被害が出ることはないはずだ。


「俺がガキの頃は雨の中でも遊んでいたな。地元じゃ有名な最強の子どもだった」

「かかっ、若い男児は元気が一番じゃからの。あの腑抜けにも教えてやりたいな」

「あまり言うとコトシロさんがいじけてしまいますよ」

「その程度で落ち込むような軟弱者には育てておらんよ」


相変わらず村の上空には暗雲が広がっているが、まだ雨などが降り出す気配はない。
だが、それが逆に不気味に見えるのも確かだ。
再び眼下に広がる村を見ながら、秋月は1人そんなことを思っていた。


「・・・・・・時々、羨ましいと思うことがあります」

「・・・・・・ん?どうしたんじゃ、藪から棒に」


警邏を再開して間もない時、ふと彼女が言葉を漏らす。
話の意図を理解しかねたのか、スクナヒメは首を傾げた。


「家族と呼べるような存在が私にもいたら・・・・・・何かが変わったのかなって」

「そういえば、そなたは独り身と言っておったな」

「物心付いたときから戦っていたようなものですしね。
父母兄弟姉妹がいたのかどうかも、今となってはわからないままですし」

「確かにあやつは腑抜けの厄介者ではあるが、それでも童のことを
母であると言ってくれた。それで童がどれだけ救われたか知れぬ」

「不良の俺だってカーチャンやトーチャンは大事にするし年に1度は必ず帰ってるんですわ?お?」

「かかっ、それでよいそれでよい。居るうちに大事にしてこそじゃ」

「秋月のカーチャンやトーチャンだってきっとどこかに居る。だから後ろ向きになるのはやめるべき」

「・・・・・・そう、ですね。無いもの強請りみたいになってしまいました。御免なさいね」


2人の話を聞いてモヤモヤした気持ちが晴れたのか、苦笑しつつ謝っておく。
昔からあまり考えないようにしていたのだが、つい言葉に出てしまったようだ。

もう大分時間が経っただろうか。
今日の警邏任務もそろそろ潮時だろう。

と、思い始めたその時―――――――――――――――――――――。



―――――――――――山間の村に、災厄の手は降り注いだのであった。





*    *    *





"ピピピッ!ピピピッ!"


2人の通信機が鳴ったのと、3人が思わず腕で顔を覆ったのはほぼ同時であった。
文字通り"あまりの眩しさに"といったところだろう。
秋月が腕を降ろしつつ通信機を取る前に、焦ったような声が通信機から飛びこんでくる。


『2人とも!恐れていたことが起こった!
大きな落雷が発生して、火の手が上がっている!』

『事前に村長に注意を伝えといてよかったぜ!俺らは村に降りて避難誘導をする。
お前らはそっちの地区を頼んだ!出来るだけ急げよ!』


秋月は了解の返事だけをすると、すぐに眼前へと向き直った。
大きな落雷とは文字通りの意味だ。しかも同時に多数発生しており、
既にいくつもの家々から火の手が上がりだしているのが見て取れる。


「嫌な予感とは当たるものじゃな・・・・・・!2人とも、行くぞ!」

「言われずとも!」

「hai!」


スクナヒメが丘を飛ぶように降りていくのと、2人が返事をしたのはほぼ同時だった。
さすがはアークスの身体能力といったところか。
ものの数十秒で、先ほどまで見えていた村に到着する。



『皆の者、慌てるでない!落ち着いて河川まで避難するのだ!』



村では既に長が民衆の誘導を開始していた。さすがの手際といえる。
幸い、どこにも逃げ場がないといった火災ではないようだ。


「2人とも、童は火の手を鎮めにかかる。逃げ遅れた者がおらぬか、見てきてくれ!」

「了解です。他の皆さんのことはお願いします!」

「俺にかかればいくえ不明者を探すのなんてチョロいこと!」


秋月とブロントが頷いたのを確認すると、スクナヒメはすぐさま上空へと飛び上がり
水霊召喚の構えを取り出した。さすがは神子といったところか。
消火は彼女に任せて、2人はまだ逃げ遅れた民衆がいないか、村の奥へと走り出す。



――――――――――その先で待っている"誰か"を救い出すために。





*    *    *





山間の村。奥地。



どうやらこの辺りが、先ほどの大落雷地点らしい。
あまりの衝撃によって屋根が半壊している建物などが目立つ。
まだ火の手が上がっており、もし逃げ遅れたら命の危険がある。


「ブロントさん、一番奥の大きな屋敷にまだ誰かいるかもしれません!」

「相当なでかい家だが・・・・・・皆無事なのかよ・・・・・・?」

「考えるのはあとです!急ぎましょう!」


走っている最中に見た限りでは、途中の家の人々は既に避難していたようだ。
だが、目の前に見えるほど大きな屋敷ならばまだ逃げ遅れている人がいる可能性がある。
もし焼け落ちてしまいでもすれば、とても逃げることはできないだろう。


「誰かー!誰かいませんかー!」

「逃げ遅れているヤツは返事をすろー!」


既に火の手が回っている屋敷内を走りながら、2人は生存者を探す。
外から見た時も思ったが、かなりの広さだ。隅々まで探し回ってギリギリといったところか。
こうしている間にも、火の手は強くなってきている。
早く逃げ遅れた人を見つけてこちらも逃げなければ危ないのは明白だ。


「おいィ、誰も残ってるようには見えないぞ」

「そうだといいんですが――――――――――っ!?」

「おいどうし――――――――――」

「―――――――ブロントさん、あそこに誰かいます!」


そろそろ自分達も避難しようとしていた矢先。
屋敷の一番奥辺りまで来ていた秋月の目に、人影が映った。


「―――――――アレは子どもじゃにいか!急がないとマズイぞ!」


他の者より明らかに小さな背丈。この屋敷に住んでいる子どもだろうか。
火の手が回り始めた広い廊下にその子は倒れていた。


「ここも火の手が回ってます!急がないと―――――――――!」


考えるより先に走り出した秋月。だが―――――――――――――。



"ミシッ!バキバキバキィッ!!"



燃えてしまい脆くなった柱が、走り出した秋月めがけて倒れてきたのだ。
いくらアークスとはいえ、まともにぶち当たれば大怪我は免れないだろう。
思わず彼女は腕で身体を庇おうとしたが―――――――――――――――。


「――――――――チイッ!」

「・・・・・・ブロントさん!?」


咄嗟に大剣を取り出して滑り込んだブロントが、間一髪で柱を受け止めたのだ。
彼も彼で、考える前に走り出していたのだろう。


「俺が抑えておく!お前は急ぐべき!」


即座に頷くと、彼女は子どもが倒れている廊下の端へと急ぐ。
しかし、そこで見た子どもの姿は彼女に確かな違和感を抱かせた。



ハルコタンの住人・・・・・・白の民とは言いがたい小柄な身体。
考えようによっては、自分達オラクルの民に近い見た目。



この大きな屋敷に住んでいる子なのは間違いないと思うのだが、疑問が拭えなかった。
だが考えている時間はない。背負えるほどの軽さだったのですぐさま彼女はその子を背に乗せる。


「―――――――――秋月!早くすろ!!これ以上は保たぬえ!」


ブロントが抑えている大きな柱が更に軋んだ音を上げ始めた。
すぐさま周囲を見渡すが、これ以上誰か生存者がいるとは思えない。
一瞬だけ最悪の考えが過ったが、それを無理やり振り払うと彼女は再び走り出す。


「――――――――――よし行くぞ!走れぇー!!」


ついに崩れ始めた屋敷を背に見ながら、2人はその場を後にするのであった。





*    *    *





数刻後。北の集落近辺。



村民の避難と消火も無事に終わり、4人は一先ずの休息をとっていた。
だが落雷火災による被害は決して少ないものではなく、ここからでも崩れた家々が目に映る。
突然の事態ながらも最小限に抑えることが出来ただけでも良いとすべきなのだろうか。


「良くも悪くも、二手に分かれて行動しといて正解だったなこりゃ」

「俺達の方は怪我人が数人出た程度でなんとか収まったよ」

「素晴らしい対応だすばらしいやっぱエースじゃないと駄目かー」

「こちらも生存者はなんとか救出しました。ですが・・・・・・」


忍者とリューサンのほうはなんとかなったらしい。が、問題はこちら側の方だ。
助けた時から気になっていた子どものことである。
あの時はあまり見ている暇などなかったので気づかなかったが・・・・・・



「この子は一体・・・・・・?ハルコタンの住人なのかもしれないが・・・・・・」



白の民よりも自分達オラクル側に近い体躯。
だが、白の民を彷彿とさせる獣のような耳に尻尾が見てとれる。
一目で他とは違う何かを感じさせるその姿に、一同は疑問を抱いていた。
誰もが答えを出せずにいるとその時――――――――――――――――――。


「災害の後処理は終わったぞ。待たせたな、皆の者」


風が突如巻き起こり、灰の転移によってスクナヒメが戻ってきた。
心なしか若干の疲れが見て取れる。


「とりあえず一件落着ってとこか?ところでよ・・・・・・」

「神子殿、この子のことなんだが―――――――――――――――」


忍者の後をリューサンが引き継ぎ、秋月が背負っている子を指し示す。
すると、その子を見たスクナヒメの表情が驚きに変わった。


「その子は・・・・・・夏月ではないか!なんとか無事であったか・・・・・・」


夏月という名前を口にした彼女はホッとしたように息をつく。
この子はスクナヒメの知り合いなのだろうか?一同がそんなことを思っていると、


「そなたらがこの子を助け出すとは、これも因果なのかのう・・・・・・。
少し、話しておきたいことがあるのじゃが、時間を貰えるかの?」


と、彼女が提案してきた。
もちろんこの子のことについては気になるし放ってもおけないため、全員が頷く。
それを確認すると、スクナヒメは再び灰の風を巻き起こし、一同と共にその場から消えた。





*    *    *





灰の神子の社。



あの子はまだ目が覚めないようなので、一先ずは寝かせておくことにした。
社の縁側に腰掛けると、スクナヒメは語りだす。


「そなたらも薄々気付いておるかもしれんが・・・・・・夏月は純粋なハルコタンの民ではない」

「だろうな。白の民も黒の民も、俺らの倍近い体躯をしてるワケだしよ」

「しかし・・・・・・迷子になったオラクル人の子というわけでもないのだろう?」


アークスはおろか、オラクル人の誰かがハルコタンに迷い込んだという話は聞いたことがない。
それが子どもとなればなお更だ。
そして気になるのは、純粋なハルコタン人ではないというスクナヒメの言葉。
秋月が続けて尋ねたが、返ってきた答えは想像もしていないことであった。




「純粋ではない・・・・・・とは一体?」

「そのままの意味じゃよ。この子は白の民と・・・・・・そなたらオラクルの間に生まれた子なのじゃ」





――――――――――――――白の民と、オラクル人の間に生まれた子。

たったそれだけの言葉で、一同が驚愕するには十分過ぎるほどだった。


「おいィどういうことだよ。そんなの聞いたこともないんですわ?お?」

「当然のことじゃ。この子の母君がこのハルコタンへ訪れたのは、
そなたらオラクルの民がハルコタンと交流を持つより随分昔のことであるからの」

「オラクルがハルコタンに来るよりも・・・・・・昔・・・・・・?」


まさかそんな時期に、一足早くハルコタンを訪れていたオラクル人がいたとは。
それがあの子の母親であると聞かされた一同は驚きを隠せない。
いや、そもそもただ一人オラクルの管轄から外れていたということがありえるのだろうか?


「今から20年ほど昔。そなたらが乗っている小さな船と共に
夏月の母君はこのハルコタンを訪れたのじゃよ」

「しかしよ、単独でオラクル船団から外れて来たってのか?
そんなんこっち側で調べればすぐにわかることじゃね?」

「当時の彼女の話では、船のトラブルで不時着したと言っておった。
そなたらが使う通信なども全てがダメになっていたそうじゃ」

「事実上の孤立、ということか・・・・・・それじゃ助けも呼べないわけだ」


通信さえ発していれば、多少の惑星間距離が離れていても場所はわかる。
だがそれが駄目だったということは完全な孤立状態で不時着してしまったのだろう。


「夏月がいた屋敷を見たであろう?あそこは、ここいらの村でも名のある家柄での。
母君はその家の若君に見初められたというわけじゃ」

「種族間どころか、惑星の枠を超えた夫婦。ということですか・・・・・・」

「当時は誰もが驚いたものよ。空から現れし異星の民との婚儀なわけじゃからな」

「そしてその2人の間に生まれたのがあの子、というわけか・・・・・・」


大体の事情はわかった。だが一つだけ気がかりなことが残っている。
まさに先ほど秋月が考えないようにしていたことだ。



「・・・・・・スクナヒメ。先ほど"この子が無事でよかった"と言ってましたが・・・・・・」

「そういえば・・・・・・他の親兄弟はどこに?」



秋月とリューサンが訊ねる。直後にスクナヒメの表情が悲しげに曇る。
やがて数秒の間をおいて、彼女は重たげに言葉を継いだ。





「・・・・・・夏月の父君と母君は、助からんかった。
火の手が収まった屋敷の中から、2人の亡骸が見つかったそうじゃ・・・・・・」

「・・・・・・!」






今はまだ目覚めぬ子に突きつけられた現実。
それは・・・・・・あまりに悲しい結末であった。





*    *    *





数刻の後。灰の神子の社。



秋月以外の3人は任務報告の為、先に帰還することとなった。
ついて帰ってもよかったのだが、どうしてもあの子が気がかりでならなかったのだ。
当の彼女は、同じく社に残ったスクナヒメから夏月のことについて話を聞いている最中である。


「この星の民は、皆が我が子も同然。それが今回はあの子の両親とあっては
いつも以上に心が痛ましくなるのう・・・・・・」

「・・・・・・私は、どうするべきなんでしょうか」

「どうもせん。何度も言っておるが、夏月を救ってくれただけでも十二分というものよ。
紛れもなくそなたらが救った命じゃ。悲しまず誇ってよい」


確かに自分は誰かを助けた。だが、それだけでよかったのだろうか?
もっと早くに着けていれば、あの子の両親を助けることが出来たのではないだろうか。
彼女はそれだけが残念でならなかった。自然と握った両手に力が入る。
そのまま、静かに数分ほどの時間が流れた。


「・・・・・・どうやら、気が付いたようじゃな」


スクナヒメの言葉と同時に、背後に気配を感じて振り返る。
そこには先ほど助けた少年が立っていた。本調子ではないのか、足取りはまだ危なっかしく見える。


「神子様・・・・・・?僕は一体・・・・・・」

「・・・・・・慌てずともよい。実は――――――――――――」


下手に隠し立てしても意味がないだろう。何が起こったのか不思議そうにしている彼。
夏月に対してスクナヒメは、事の顛末を静かに話し始めた。
そしてまた数分ほどの時間が経つ。



「・・・・・・そう、でしたか・・・・・・父上と母上は・・・・・・」

「・・・・・・すまぬ、夏月。童にはかける言葉が見つからぬ・・・・・・」

「そんな!神子様は何も・・・・・・何も悪くありません!」



目に見えて悲しみに沈んでいる夏月であったが、その目に涙はない。
神子の手前だけあって堪えているのかもしれないが、その姿が秋月の目には強く見えた。


「あ、あの・・・・・・助けて頂いて、本当にありがとう御座います」

「私は特に目立ったことはしていませんよ。・・・・・・アークスとしての役目を果たしただけです」


ぺこりと頭を下げてお礼を言った彼だが、秋月は素直に返せないでいる。
本当に。本当にお礼を言われるようなことではないと思えてしまったからである。
彼女の性格とでもいうのだろうか、全員を助けることが出来なかった責任感にも似た感情。


「・・・・・・しかし、どうしたものか。夏月はまだ幼い。
このハルコタンにおいて1人で生きていくにはあまりにも荷が重過ぎるであろう」

「他に身寄りもいませんし・・・・・・僕もどうするべきなのか全然・・・・・・」


屋敷は焼けてしまったし、両親は既にいない。そして身寄りもいない。
そんな彼の現状を見た秋月は、ふと何かを感じ取っていた。





・・・・・・私と同じだ、と。





父母兄弟はおらず、自身にもその記憶がない。独りぼっちだ。
少しの間考えをめぐらせていた彼女であったが、気が付くとこう提案していた。





「私に・・・・・・その子を預けて貰えませんか?」





こうして、秋月は夏月を義弟として迎えることになったのである。





*    *    *





翌日。アークスシップ内。



秋月は夏月を連れて、管理者であるシャオの元を訪れていた。
オラクルの一員として生活するには、アークスとしての登録をしたほうがいいと思ったからである。


「・・・・・・話は一通り聞いたけど、まさかそんなことがあったとはね。
さすがの僕やシオンでも完全に1人1人の状況を把握はしていなかったからなぁ・・・・・・」

「私としては、20年前に既にデューマンが存在していたことのほうが驚きですよ」

「そこはシオンのさじ加減みたいなものだったんじゃないかなぁと思ってはいるよ。
・・・・・・とりあえず申請はしておくから、また後日連絡させてもらう。それでいいかい?」

「よろしくお願いします、シャオさん」


これで話はついたようなので、2人はシャオの元を後にする。
幸い、夏月は半分オラクルの血を引いているのでフォトン適正はあったとのことだ。
あとは彼の潜在能力や努力次第といったところだろうか。


「本当に・・・・・・僕なんかでよかったんでしょうか?」

「まだ私の口からそうであるとは言えないけれども・・・・・・後悔は、させないつもりですよ」

「・・・・・・!はい!」

「頼りない姉かもしれませんが、これからよろしくお願いしますね。夏月」


隣を歩く少年に向かって、秋月が優しく笑いかける。
この子がこれからどういった道を辿るか。全ては自分にかかっているのだ。
元から集団を率いている身としても、ここで誠意を見せないわけにはいかない。





「こちらこそ、よろしくお願いします!・・・・・・姉さん!」




――――――――――――2つの月の間に生まれた絆。

それがどのような結末になるのかは、また別の話である・・・・・・



Fin...